ドリームハンターほのか先生 作 久世浩史( http://kuze.tsukaeru.jp/radio/scenario/ ) 「私がドリームハンターだったらどうする?」と、家庭教師のほのか先生がつぶやいた。 目の前に居る、大学生の家庭教師・ほのか先生は、たまに変な事をいう。 今回は勉強の間の一休みとして、何故か正月に見る縁起の良い夢について話題がなった際「実は、僕、正月は必ず悪い夢を見るんですよ。」といった時の話だ。 「その、『ドリームハンター』ってなんなんですか?」 「ふっふっふ。実は先生、こう見えても今まで色んな人の悪夢を打ち払って来たのよ。りょう君の悪夢も追い払ってあげるから詳しく話を教えてよ。」 しまった・・・自分で言い出した事とはいえ、悪夢を思い出すというのは余りいい気分のするもんじゃない。 とはいえ、ここで話を閉ざすのもなんなので、その内容を思い出す。 悪夢の内容はいつも同じだ。 小学校3年ぐらいの頃、両親と一緒に磯へ初日の出を見に行ったんですけど、そこで両親とはぐれてしまい、あげくに海に落ち、溺れかけた事があった。 ただでさえ冷水で体の動きを止めるのに、ぐっしょりまとわりつく衣類、寒さで声すらでない。 遠のく意識の中、気持ちとは裏腹に陸から離れていく絶望感。 良く助かったものですけど、当時助け出された時は意識がなかった事もあり、悪夢の中でも救出シーンとか両親が急いで駆けつけてくれたシーンはない。 ラストは、ただ一人、僕の意識がなくなって溺れ死んで終わるのだ。 話し終えると、ほのか先生がえっぐえっぐと喉を詰まらせながら、丸眼鏡の内側からあふれる涙をふいていた。 いや、先生、これは夢の話ですから。 そこまで感極まって聞いて下さらなくても大丈夫ですから! ぱしっと僕の右手を両手で包み込むほのか先生。 「りょう君、大晦日の晩に先生のうちへ来なさい。ドリームハンターの先生が、りょう君を悪夢から解放してあげる。」 勿論僕の答えは「よろしくお願いします!」と一つ返事で決まりだ。 ** 「じゃ、勉強に戻ろうか。」と、英語における現在進行形の話へ戻ったので聞きそびれたのだけど、ほのか先生はどうやって悪夢を追い払うんだろう? ハンターというぐらいだから、何かと戦ったりするのかな? 正直、先生はおっとりしてるので、戦いというよりも、子供をあやしたりカウンセリングをしている方が向いているような気がするんだけど。 とはいえ、あのほのか先生に勉強抜きで会えるなんて、来年は凄くいい年になりそうだ。にやにやが止まらない! 今日はその大晦日の晩。 どんな姿の先生に会えるのかな? そこで、思わずほのか先生のたわわなサイズの胸が頭に思い浮かんだ。 駄目だ、ほのか先生に対して、そんなエロい事を考えていては駄目だ。 僕は思わず頭を左右に振う。 頭を振ったり顔をにやけさせたりと、我ながら通報直前状態で親から渡されたケーキを持って、先生からもらった地図で先生のご実家へ向かう。 さてその到着した先は・・・石段?神社?! 石段を見上げると、両手に何かを持って仁王立ちしている巫女服を着た少女が一人。 「りょう、遅い!」 「どなたでしたっけ?」 少女は右手に持っていた男性向けの清衣を僕に投げ飛ばして言い放つ 「ボケかましてないで、早くダッシュで来なさい!今すぐ!!」 次に左手に持っていたハリセンをパンと床にはたく。 この(僕の意識的には)いきなり現れた女の子は、同じクラスのかおりだ。 クラスの委員長で色々引き受けるまではいい。 ただ放課後の仕事は、今のような感じで何でも僕に押し付けてくるので、正直悪夢と一緒に冬休みの間だけでも忘れたかった・・・。 「ほのかから聞いたわよ、あなた悪夢払いをしに家の神社に来たらしいじゃない。  まさかただでやってもらおうとは思ってないわよね?  え?ケーキ?  あんた何年越しも取り付いている悪夢をケーキ一つでって、そんなの安過ぎるとは思わないの?  だから年始の参拝者の相手を、あんたも手伝いなさい! (あ、でも、ケーキはありがと)」 かくして、かおりから投げ渡された清衣に着替えると、かおりの厳しい指導の元(覚えてろ!)一緒に寺院の清掃、臨時休憩所の設置ーこの神社は正月と夏祭りの時だけ来客者が大幅に増えるのだー等を行った。 その後、殆ど深夜も働きづめだ。多少休憩が入ったとはいえ、参拝客がやってくるので、そのまま販売なども行っていった。 ちなみに、ほのか先生は、参拝者に無料で振る舞う甘酒や僕らの休憩時の食事の準備、そしてお守り等の神社グッズの袋詰めなどをやっていたので、殆ど会う事はなかった。 ただ、僕にとっては初めての事ばかりで、勝手も分からないし、悔しいがかおりの指示通り動くので精一杯。 かおりは今まで一人でこれをやっていたのか…とか、ほのか先生へ何とか助けに入るタイミングとか無いかな?などを考える余裕は殆ど無く、最後はフラフラの状態だった。 参拝客もひと段落し、かおりから「今日はもう先に上がっていいから。お疲れ様。」という指示が出た。 本来なら僕もかおりの閉店作業を手伝うべきだろうけど、もはや限界。 僕は、かおりに軽く詫びると、布団が用意されているという奥の間へそのまま向かっていった。 奥の間のふすまを開けると・・・ なんと!ほのか先生が!!無防備にも先に眠っていらっしゃるではないか!!! 先生も裏方で大変だったんだなぁって。 いやっ、流石に布団は分かれていたとはいえ、そのお隣で寝るなんて、うわっ先生の寝間着色っぽい・・ぽい・・・ぽぃ・・・・。 ドキドキして顔が真っ赤になり、アドレナリンが駆け巡ったのは感じたが、残念ながらそれよりも疲労の方が遥かに上回っていた。 睡魔は、横になるとすぐに僕の脳を浸食し、一瞬で意識は消滅した。 ** ・・・空を覆う星が少なくなり、海の方が薄黄色くなってきた。 そうそう今日は1月1日元旦。午前6時半頃。場所は磯部。 お父さんが唐突に「よし!今年の正月は一丁初日の出を見に行くか!」といい、「えー私こたつで蜜柑食べてたーい!大掃除頑張ったんだから、もうゴールしてもいいよね?」とちょっと嫌がるお母さんと一緒に、やや強引ながら朝ここへ連れてかれたんだった。 しかし、さっきまで二人ともここへ一緒に居たはずなのに、いない・・・何処だろう? 何か嫌な予感がする。思い出せないけど。 急に呼吸が荒くなり、身体中の毛穴が酸素の供給を求め、強烈な不安感が胸に湧き上がる。 何処?何処?僕は必死に周りを見渡すが、父さんや母さんを見つける事ができない。 もしかして先に車へ戻ったのかも!早く僕も戻らなくっちゃ。 急いで駆け出すとー悪い時には悪い事が重なるものだー足元を滑らせ落下していく自分に気がついた。 そうだ、これは毎年正月に見ている夢なんじゃないか! 何で今頃気がつくんだ!! 最初は何とか脱出しようともがくが、身体が硬直し、底へ奥深くへと吸い込まれていく。 まぁそれが夢って奴か。と自分の中で諦めの言葉が浮かぶ。 ・・・いや、待て。 今回は違うぞ?! 見上げると自分に向って必死に向ってくる人影が見える! 巫女服を着たほのか先生だ!! 手を差し伸ばすほのか先生。 先生は僕が手を握ったのを確認すると、進行方向を水面に変えてそのまま一気に上がり始めた。 僕は先生の手を決して離れない様に、ギュッと握り締める。 だが、途中で先生の泳ぎが止まった。 また海底に向けて身体が沈み込んでいく。 苦悶の表情を浮かべるほのか先生。 見ると右足を痙攣させていた。 このままでは二人とも溺れてしまう!! だが待てよ。落ち着いて考えてみろ。 よく考えて見たら、ほのか先生が助けに来たと言う事は、僕は小さい頃の時の僕じゃないじゃないか。 今の僕は、泳ぎはむしろ得意じゃないか! そもそも人間は基本的に浮く構造になっているのだ。 力を抜いて身体を楽にする。 それに、水温はそんなに冷たくないぞ。 そして、僕は先生を背負う形に身体を回し、先生が離れない様にしっかり両手で抱えると、一気にバタ足に力を入れた。 分かってしまえば、こんな悪夢など楽に脱出出来たのだ。 今まで僕は一体何でこんなに夢にビクビクしていたんだろう。 なんとか、浜に上がる事が出来た。 流石に身体の設定は小学校中学年なので、陸では先生は背負えない。 先生はケンケンしながら肩を背を回して陸に上がる。 ちょっと水を飲んでいので、思わず咳き込ほのか先生。 僕は何年越しかの勝利感が身体を駆け巡り、僕は思わず顔がニヤけた。 「何ニヤけてんの!まだ悪夢は終わってないわよ!!」 さっきまで波は足元を掬う程度だったのに、後ろを振り返ると、身長の2倍以上の高さの津波がすぐそこまで迫ってきた。 人間本当にヤバイと、何故かただただ身体が動かなくなってしまうものだ。 僕とほのか先生はなす術なく、そのままぐるぐる回転する形で津波に巻き込まれてしまった。 そこに飛び込んできたのは、薄ピンクのロリータファッションに身をくるんだ少女。 あの娘どこかで見たような・・・。 「破ぁッ!」 気合を込め全身の力を込めて不釣り合いなハリセンをバンと地面に叩くと、その方向一直線に波が別れ、衝撃波が周りに波紋として伝わった。 ハリセンの指し示す先にいた僕らは、巻き込んでいた津波がなくなり地面に叩きつけられる。 おかげで何とか波から開放されたが、海水は再び元に戻ろうと、一度割れた波が再び元に戻り始めている! 僕とほのか先生、そして少女は、急いで津波から逃げ出した。 そして、海から完全に抜け出したところで夢から覚めた。 ** ガバッと目が覚めると、そこには先程の少女が御子服で抱きついていた・・・ってそれはかおり? かおりは急に起こされて思わず手を後ろに回すーそこには僕の股が存在していた。 すると、何度も思わずバンバンと布団の上から同じ箇所を軽く何度も叩く。 そして、顔を真っ赤にし 「最っ低!」 と言い放って、左手のハリセンで僕の頭を叩き、奥の部屋へかけていった。 いや、それは僕悪く無いのでは。 右手で叩かれた後を押さえていると、左手に暖かい物を握ぎ続けていたのに気がついた。 見ると、ほのか先生が寝起きのうるうるした瞳で僕を見つめてくれているではないか! そのお姿を拝見していたら、もうかおりの件はどうでもよくなった。 ** その後、朝の掃除を行って朝食の際、ほのか先生とかおりへ悪夢について聞いてみた。 幼少時、僕は海に落ちたが、そのトラウマに悪魔夢が取り付いた恐れがあるという。 悪魔夢とは、人間が心へ傷を負ったときに取り付き、何度もその光景を思い起こさせるものらしい。 そこで、彼女たちドリームハンター能力を持つ御子が一緒に寝て、夢に登場する事で、取り付かれた人?の夢に干渉するのだ。 そして、ある時は本人に再び勇気を奮い立たせる触媒になり、またある時はショックを与え、この悪魔夢を打ち払ってきているのがドリームハンターの役割だそうだ。 「だから先生が夢の中で足をつっていたのは、りょう君にやる気を出させる為のわざとなのよ・・・(かおりからほのか先生への冷たい視線)・・・ごめんなさい、本当はまだ修行が足りないだけでした。先生もまだまだね。」だそうだ。 ただほのか先生曰わく「これは心の問題も絡んでくるから、普通の人は悪魔夢を打ち払うまで数日間から数週間かかったりするんだけど、たった1日で回復するなんて、りょう君素質あるのかも・・・?」 「それはともかく、私の見立てでは、今回りょうに取り付いていた悪魔夢は2種類いたと見るのが自然ね。」とかおり。 「一匹目の奴は比較的雑魚だったから、正月分の頑張りでチャラ。 ただ・・・。」 かおりは自分の左肩を揉みながら、ちょっと顔をしかめる。 「2匹目は津波を出すとか、まぁまぁのレベルだったわ。 これは、うちの神社でもう3ヶ月間放課後及び土日タダ働きして貰わないと割に合わないわね。」 「へー、しばらくの間りょう君がうちへ来てくれるの?先生寒いの苦手だから、助かっちゃう!」 「ちょっと待て、そんな急な確認無しの追加労働って、おかしいですよ!不正だ!!」 などといいつつ、実はほのか先生の家にお邪魔で来て、しかも勉強以外でもいっしょにいられるなんて、今年はいい年になりそう!えへへ。 「何顔をニヤつかせながら拒否してんのよ。このスケベ!」 (終わり)