僕となるみと、あるホワイトナイト 「な〜る〜み〜さ〜ま〜っ!」    呼び鈴が鳴ったのでドアを開けるなり、僕をスルーして人のうちへ上がりこんだこの人は、なるみの親友?・那須田(なすだ)さんだ。  那須田さんは、ある日なるみが高校に行けなくなって、僕のうちへ篭るようになってから、たまに僕のうちへ「なるみ目当て」でやってくるようになった。  そう、今日も今日とて那須田さんは、2階にあるなるみの部屋へ、一目散へ駆け上がっていった。   「もう、私大変ですのよ。」 「なっちゃん、いつもここに来る時大変だって言うよね〜。」  こちらが、なるみ。  なるみは、今日は祝日ということで、いつもより大目に寝ていたから、今、昼前に着替えが終わったばかりだ。  それでも、ちょっと眠気が残留しているようで、あくびを押し殺しながら那須田さんの話を聴いている。 「確かに、私、いつもいつもここに来るたびに、なるみさんへ、大変だっ大変だって言っていますわ。でも、今日は本当に大変ですのよ!」  などといいつつ、プリンをほお張る那須田さん。・・・そのプリン、確か昨日僕がスーパーの特売で買ってきたやつなんですけど。何時の間に、盗って来たんだ?    でも、今までの那須田さんの今まで言ってきた「大変ですのよ。」は、 「学校の先生が、どうのこうの。」 「女子グループ達の動向が、どうのこうの。」 「服作り(片寄った趣味の変なものである)について、どうのこうの。」 等など、…確かに、どうでもいい話ばっかりだ。   「私、このところ、怪しい男に狙われているようですの。  あれは、1カ月前の頃からでしょうか?    ある時は電車で、ある時は公園の抜け道で。  毎日毎日・土日祝日関わらず、後ろから付きまとってきたり、そうそう今日もわざとらしく先回りしてすれ違ってきましたわ。  まぁ、私に興味を持ってアプローチをかけてくる殿方は、以前からいらっしゃいましたですから大目に見てました。  でも、あぁこそこそと、毎度毎度やられましては、この深い心をもった私にも、ストレスの限度というものがございますわ。  大体、愛する心・萌える心、というのものは、こそこそせず、もっとオープンに解放し、見せつけなければならないものですわ。  そうしなければ、止まって固まった心は、よどんで腐って、おぞましいものになってしまいますですもの。」  「は、はぁ。」  最初は、最近の自分の悩み相談から始まり、気が付けば自分の持論について熱く語り始めた那須田さんに、毎度のことながら圧倒されるなるみ。   「だから、私もなるみ様にぶつけているこの思いを、是非形にして見せつけたいのですの。  今日のメイド服は、特にこのヒラヒラに力を入れて作ったんですのよ。」  ということで、那須田さんは、おもむろに袋を開け、中に入っていた新作衣装の説明を語り始めたり。  いつの間にか那須田さん世界の中心に、引きずり出されたなるみは、今回もまた正直少し引き始めているのに、いつもマイペースな、那須田さんの話はまだ止まらない。  面白い人なんだけど、このまま放っておくのも、なるみにしてみればちょっとアレな状態になって来たので、ちょっと間に入ろう。  僕は、お茶と茶菓子をもって、2Fのなるみの部屋へ入って行った。 「どうも、那須田さん、いらっしゃい。  今日の『大変なこと』は、その服ができあがって大変なのかな?」 「どうも、いきなりやってきたのに、ありがとうございますですわ。  そうでした、確かにこの服のことも大事ですけど、今日来たのは、あの陰気なストーカーについてですわ。盗み聞きをされた殿方としてはああ逝った人をどう思われますか?」 「はっは。ごめんなさい。一本取られたね。なんかどうしても那須田さんの新作が気になって、つい様子を立ち聞きしてしまったんだけど、でも大変そうだね。付きまとわれて。」  からんからんからん。  笑ってごまかしつつ話をストーカー話へ戻そうとした時、那須田さんのバッグから、喫茶店の入り口によくある乾いた金の鳴る音が聞こえた。 「あっ、ちょっとごめんなさいませ。」  那須田さんがバッグから携帯ゲーム機を取り出すと、「おかえりなさいませ、お嬢様。」という声が聞こえてきた。 「なんですか?これ??」 「あぁ、これですの?これはですね・・・」  このゲームは、メイド喫茶のオーナーとなって、経営及び(メイド役担当をするの)女性従業員を育成ゲームなんだそうだ。  で、泣けるストーリー展開と、手書きで書いたオリジナルメイド服をメインヒロインが着てくれる、あと同じ携帯ゲームソフトをもっている人がいれば、さっきの「からんからんからん」という音の後、そのキャラクターと交流できるイベントが発生する。というのがポイントなのらしい。那須田さんの言ったことをまとめますと。 「・・・で、ですね。ゲームの話の続きですけど、最近私の店にエレガントなお嬢様がお客様として来られまして、私の育てているキャラクターはその方にホの字のようですの。相手の方も毎日来られてまんざらでもないようですし、やはりこの恋かなえてやりたいと思うのが、百合心というものじゃないですか!!!」 「那須田さん。そんなに鼻息荒く、ツバ飛ばして力説しなくても。」  那須田さんは、僕の目の前で熱く力説したせいで、メガネは細かい水滴でまだらになり、口臭の香りが漂うものになった。なるみも「なっちゃん、どうどう。」と、なんとか落ち着かせようとしている。 「まぁ、私としたことが失礼。そんなことはさておき、問題はあの陰気なストーカーですわ。なんとか良いアイデアはございませんか?」 −− 「うーん。そこで、逆にストーカーを待ち伏せしてみたらどう?といってみたのは、僕ですけどさ。」  少し気になってはみたものの、コミュニケーション下手でストーカーになったタイプなら、正面きって興味がない&(嘘でも良いから)付き合っている人が既にいるとか言えば、あきらめて引き下がってくれるかもしれない。  まぁ、直接話をしてみることで、逆に相手の心をさらにたきつける可能性もあるにはある。でも、それはそれで、相手に関する情報を少しでも聞き出せれば、今後それなりに、何かもう少しマシな対策を立てることができるんじゃないかな?  そんな計算をしてはみたものの。 「なるほど。でも、その手でいく場合、当然あつし様方も隠れて私の様子をみてくださったりするのですわよね?」 「へっ?」 「だって、ショックのあまり、その方がもし変なことをしてきましたら、それこそか弱き乙女の絶体絶命になってしまいますもの。  あぁ、あつし様いつも困った時には助け舟を出してくださって、本当にありがとうございますわ!こういう時のための殿方ですわね!」  普通、か弱き乙女というものは、自分からは申請しないものだと思うのですが、どうだろうか?  かくして、とある日曜日(本日)公園にて一人、那須田さんが囮?となって、問題の人物が接触しようとしているのを待つことになったのだった。  僕となるみの二人は、その様子を隠れて見守り、犯人が迫ってきたら表れて3対1に持ち込む。  後は犯人を呼び止めて、那須田さんを中心に彼を諭し、一件落着・・・という手筈なのだが。 「そういえば、その犯人さん達の特徴を聞いていなかったんだけど、まさかあの人達じゃないわよねぇ。」と、なるみ。  回りをみると、小学生ぐらいの子供たちが走り回っていたり、近所の叔母さんらが赤ちゃんを連れて世間話に夢中になっている。  さすがに彼らが犯人ではないだろう。  那須田さんも、そんな中でストーカーがやってくるまでの間、百合小説本を読んでいるのもばつが悪そうだ。ってこんなところで読んでいるなよ。  僕らはそんな様子を、少し離れた茂みの中から観察しつつ、「やっぱりこういう時には、アンパンと牛乳よね〜。」となるみを買い出しへ行かしたり、戻ってきた所を走り回っていたお子様たちから発見され「ねぇねぇ、おじさんたちなにしてるの?」と突っ込まれたりして、黙らせるのに一苦労したりしていた。  ちなみに僕はまだおじさんじゃないぞ、まだお兄ちゃんだ。なるみ、お前まで「オジさんオジさん」と言うんじゃない。マジで凹むじゃないか。  そんな昼間の間は全く動きがなかったが、夕方になって、いかにも怪しげな男が一人この辺りをうろついているのに気が付いた。  いくら春過ぎ花粉漂う今日このごろとは言え、この小春日和に、サングラスとマスクにコートでマフラーしかも革手袋という完全武装ないだろう。これに網タイツを頭から被っていたら、存在だけで通報だ。  その時、ウィーンウィーンとズボンのポケットから振動音が。  マナーモードに入っていた携帯を取り出して画面をみると、チャットモードで通話を求めてきているようなので、回線を開けた。 『気が付かれましたか?』  画面と、茂みの先の那須田さんを二人で確認する。那須田さんは、何か携帯へキー入力をしているようだけど、これがそうなのだろう。 『あの、コート男?』 『そうそう、いつもいつも私の事を何も言わずに付け狙うだけ付いてきているのは、あいつですわ・・・!!!』  しまった。  顔を見上げると、意を決したコート男が、急に歩みをこちらへ向けて走り始めている。  僕らも、早速駆けつけようとするが、この作戦の重大な落とし穴に気が付いた。そうだ、こちらには那須田さんまでの間に茂みという障害物があるんだった。  那須田さんは、急な展開にパニックになって、こちらの方を向いて無言で必死に助けを求めるものの、こちらとしては茂みをかき分け進むしかない。なるみが、セーターを枝に引っ掻けて進めないようだが、ここは自力で解決してもらおう。 10m 5m ・・・  くそっ。だめだっ。あいつとの距離がだんだん詰まっていくのに、こちらの距離は全然掴めない。  前のマラソンの時でも痛感したけど、こういう時に普段運動をしていない自分が嫌になる。 3m 2m 1m  マスクとサングラスで、相手の表情は見えないはずなのに、コートの男がにやついているのが分かる。  那須田さんは、顔面蒼白で体を引きつらせ、後ろへ引き下がろうとするが、残念ながらそこにはさっきまで腰掛けていた水飲み場だ。 なんとかならないのか。なんとか。 0m -1m -2m ・ ・ ・  コートの男は、そのまま去って行った。何もせずに。  緊張から解放されて、読んでいた小説を落とし脱力する那須田さん。 なんとか倒れ込む寸前に抱き抱えるが、あの男、何だったんだ。一体。  そんな時、 「ちょっと、あっ君。こっちも助けてよー。」 という声が。  僕と一緒に飛び出したものの、やはり自力では茂みに絡み付いた服から抜け出せなかったなるみを、那須田さんと一緒に救出したのだった。 「あぁっ。あっ君、なっちゃん、ありがとう。なっちゃんの方は大丈夫?」  よれよれにながらも服にびっしり付いた葉っぱを取りつつ、礼と那須田さんを気遣うなるみ。 「私の方は、全く大丈夫ですわ。なるみさまの方が大変になってしまいましたですわね。」  からんからんからん。  その時、那須田さんのバッグから、例の携帯ゲームの鐘音が聞こえてきた。 「ちょっとごめんくださいませ。」  那須田さんがバッグから携帯ゲーム機を取り出すと、いつもの「おかえりなさいませ、お嬢様。」という声が聞こえてこず、画面には、置き手紙が机の上置かれている画像が表示されていた。 「なんですか?これ??」 「あぁ、・・・なんですの?コレ!!!」  那須田さんは、ボタンを連打してメッセージウインドウを呼び出す。 「お嬢様へ。  このような形でお別れすることをお許しください。  わたしには、いつも内緒でお付き合いしているしている方がおり、その方の元へ行くことにしました。  なぜ急に、事前の連絡も何もなく、こうして手紙でのあいさつの形のみになっていたかと言いますと、お嬢様が私に期待してくださっているのは承知だったのですが、連日の厳しい指導に耐え切れず、打ち明け辛かったからです。  もうここへ帰ってくることはないと思います。  今までありがとうございました。さようなら。」  額を左手で押さえながらその場にうずくまる那須田さん。 「私は育て方を間違っていたのかしら...」  那須田さんの辺りには、どよよーんという黒いもやのような空気が立ち込めた。ゲームと言えども一生懸命育てていたもの。突然の別れと昼の疲れがあいまって、しばらく立ち直れなさそうだ。 「なっちゃん、落ち込んでいる所悪いんだけど、ここの『連日の厳しい指導』って、なあに?」  なるみは、そんな那須田さんへあえて明るい声で聞いてみる。 「よくぞ聞いてくださいましたわ、なるみさまっ。」  急に那須田さんは、すくっと立ち上がると、メガネの位置を整え声のトーンを上げ、そう答えた。嫌な予感がする。 「私は、彼女を一人前の百合萌えメイドとして育てあげようと、朝昼夜・深夜問わず指導して参りましたわ。衣装選び・立ち振る舞い・言葉使い・交遊関係・思想に至るまで。  萌えの道は険しく厳しいもの。確かに時として辛く当たっていたこともありましたが、それが重荷になっていたのでしょうか...。」 「...例えば、私が以前からこういう時もあろうかと、数十枚も用意したデザインラフを三日三晩片っ端から着せて行ったりとか、彼女の本棚の本を全て百合系に揃えたりとか、殿方からやってきた手紙は、例え彼女の親代わりだった方からのものでも暖炉へくべさせていただきましたが...」 「...でもですね、彼女もやっと目覚めてくれたと見えて、やっと柔順になってくださいましたですのよ。」 「そりゃ、チャンスがあれば去ってくよ!(んじゃない?)」  僕となるみは、声を揃えて那須田さんに突っ込んだのだった。  なお、そのメイド育成ゲームでは、別れて行ったメイドからもメールを受信する機能があるそうで、そのメイドさんは先方の方でよろしくやっているらしい。  また、あのコート男も先の一件以降現れなくなったそうだ。  恐らくメイドさんのお相手データは、彼が持っていて、彼は那須田さんの元で捕らわれの彼女を救いに来た騎士(ホワイトナイト)なのかもしれない。  で、那須田さんはというと。 「な〜る〜み〜さ〜ま〜っ!大変ですのー!!」  おいおい、今横を通り過ぎて行った僕は無視かよ。  しかもその右手を見るとゴスロリ猫耳でパソコンにつながるケーブル搭載の少女フィギュアだったりして。  この女には、勝てない...。 <<終り>>